迷子の賢者は遠きナザリックを思う
第10話
<町へ、そして騒がしい遭遇>
お嬢様を乗せていないからか、乗り心地を無視したかのように馬を急がせる馬車。
あんなスピードで走ったら車輪とか車軸が痛んじゃうんじゃないかなぁ? なんて、空の上からのんびりとその姿を眺めながら私とエリーナちゃんは空の旅を満喫していた。
「あっ! お姉さん、町の防護壁が見えてきましたよ」
「へぇ〜、結構大きな町なんだねぇ」
あまり高度を上げると執事さんたちが心配するからと馬車の上空10メートルくらいで飛んでいた為に、今までは途中にある木や丘で見えなかった町の防護壁が遠くに見えてきた。
陽はかなり傾いてきたけど、馬車をとんでもないスピードで走らせてきたおかげか、何とか日暮れまでには到着しそうで一安心と言った所かな?
「そう言えば。ねぇお姉さん、飛んだまま町まで行ったら騒ぎにならないかなぁ?」
「そう言えばそうだよねぇ、ちょっと執事さんに聞いてみるか」
ユグドラシル最終日はペガサスに乗ったまま町へと降り立っていたけど、ペガサスが神獣扱いされるようなこの国でそんな事をしたら大騒ぎになるに違いない。
そして何より防護壁があると言う事は町に入るには検問があるということだろうから、それを無視して壁の向こうに飛んで行こうとしたら矢を射掛けられるかもしれないからね。
まぁ射掛けられたとしても、この世界の兵士の弓の腕ではとどく前にペガサスが魔法でどうにかして防いでしまうだろうけど。
でもそんな事になればエリーナちゃんを危険な目にあわせたとまた説教タイムが始まってしまうから、私は高度を落として疾走する馬車の御者台にいる執事さんに声が届きそうな所まで降りて行こうとした。
だけど私はふと、ここであることに気が付いたのよ。
そう言えば執事さんってどんな名前だっけ? いや、それ以前に聞いてもいないような?
世間的に言えば大変失礼な事をしているような気がするものの、今この場で本人から聞くわけにもいかない。
と言う訳でエリーナちゃんに聞く事にする。
「ねぇエリーナちゃん、あの執事さんの名前、なんだっけ?」
「執事? パトリックの事?」
へぇ、パトリックさんって言うのか。
これでファーストネームは解った、でも流石にその名で呼ぶわけにはいかないよね、それ程親しいわけでも無いし。
「そう、そのパトリックさんのフルネームを教えてくれるかな?」
「うん、いいよ。パトリックのお名前はパトリック・カーンズって言うの」
「カーンズさんか。ありがとうね、エリーナちゃん」
「えへへっ。」
貴族の令嬢と言う立場だから人から何かを頼まれる事はほとんどないだろうし、そのせいで誰かから御礼を言われた経験が少ないのか、私がお礼を言うとエリーナちゃんはくすぐったそうに笑った。
さて、執事さんの名前も解った事だし、どうしたら良いかと聞く事にしよう。
私は今度こそペガサスの飛ぶ高度を落とし、疾走する馬車へと近づく。
「カーンズさん、カーンズさん、聞こえますか?」
「これは賢者様、なぜ私の名前をご存知で? ああ、エリーナ様からお聞きになられたのですね」
執事さん改め、カーンズさんは私の声に気付き、話がしやすいように馬車の速度を緩めた。
これによって馬車が走る音が小さくなり、声が届きやすくなったので、私は早速エリーナちゃんの懸念を話す。
「カーンズさん、流石にペガサスが飛んだまま町へ行くのは不味いですよねぇ? この辺りにはペガサスはあまりいないみたいだし、もし魔物と間違われたら困るもの」
「おお、確かにその通りです」
「それにエリーナちゃんも侯爵家の子なら流石に馬車に乗って帰らないと問題があると思うんですよ。だからこの辺りで一度止まってエリーナちゃんは馬車に移動した方が良いんじゃないですか?」
「えぇ〜、私はこのままお姉さんの後ろがいいっ!」
私の提案にエリーナちゃんがごねて、私の腰にしがみつく。
う〜ん私はこのままでも良いけど、流石に侯爵家のご令嬢を馬に乗せたまま町に帰ったらカーンズさんたちが何かお咎めを受けるんじゃないかなぁ?
「エリーナちゃん、でも馬車に乗って帰らないとカーンズさんたちが怒られてしまうかもしれないよ?」
「ううっ、でもお姉さんの後ろが良いんだもん……」
そう言って私の背中に顔をうずめるエリーナちゃん。
うう、可愛いなぁ、もう! 本当に持って帰ろうかしら?
そんなエリーナちゃんを見て何か思い立ったのか、カーンズさんが話しかけてきた。
「賢者様、地上に降りた場合ですが、ペガサスの翼を隠す事ができるのでしょうか?」
カーンズさんに聞かれてどうだろうと考えた所、ある情報が頭の中にあることに気が付いた。
それによると今ペガサスのについている鞍は畳んだ翼を収納し、普通の馬のように見せる事ができるマジックアイテムなんだそうな。
何? このご都合主義? と思わない事も無いけど、アニメやゲームなどで登場する翼がある動物は、地上で行動する時には翼を体の中に収納している事が多いのよねぇ。
それを考えるとマジックアイテムで隠す事ができると言う方がまだリアリティがあるだろう。
実際翼がある馬にまたがったまま町を闊歩すれば、周りにとって邪魔以外何者でも無いだろうしね。
「翼? ええ、収納してただの馬みたいにはできるみたいよ? でもどうして?」
「それでしたらきちっとした鞍もついている事ですし、そのまま町に入っても何の問題もございません。ただエリーナ様、貴族街へは馬車に乗って帰って頂かないと困ります。ですから町に入り、内壁の門手前まで進みましたら、その時は此方の馬車へと移動してください」
「うん! お姉さん、内壁の手前まで乗せて貰っても良いですか?」
良いと言うのなら私には何の依存も無い。
エリーナちゃんと一緒のほうが私も楽しいしね。
「カーンズさんの御許しも出たからね。私には何の依存も無いよ」
「やったぁ!」
そう言うとエリーナちゃんは万歳し、その後私の腰に手を回してしがみついた。
絶対に降りないぞとでも言うかのように。
この後私たちは無事、日が暮れる前に町へと到着。
町に入るための行列を横目に貴族用の門を通り、、検問も入場時のお金を払う事すらなく町に入ることができた。
これはエリーナちゃんの家であるアルバーン侯爵家がこの町を含むこの辺りの領主だからなんだって。
なるほど、町に入る時のお金は領主に入るのだから、その領主の家の者が払う必要がないというわけか。
そのまま町の中央通りを進み、町の中心部にある貴族街を守る内壁へと進む。
そしてその門が見えたところで、
「エリーナちゃん、そろそろ馬車に移動しようね」
「うん……」
私はそう言ってペガサスの歩みを止める。
するとその横に馬車も停止し、中からハウエルさんが出てきたので私はエリーナちゃんをペガサスから降ろして彼女に渡した。
「お姉さんもお家まで一緒に来るよね?」
「ええ、一緒に行くわよ」
何も言われてはいないけど、多分何が起こり、どのような状況だったかを説明しなければいけないんだろうなぁと思う。
だって私が助けに入った時、殆どの人が倒れていて一体何がどうなって助かったのか、その一部始終を見ている人はいないだろうから。
面倒だけど乗りかかった船だし、人里まで案内してもらった恩もある。
何より私はこの世界の情報を何も知らないから、このまま放り出されても困るのよね。
それにこの世界のお金もないから、もしユグドラシル金貨が使えなければ一文無しになってしまうもの、もらえると言う謝礼は絶対に貰わないと。
ハウエルさんに手を引かれて馬車へと向かうエリーナちゃんは、不安そうな顔で何度もこちらのほうを振り返ったから、私は大丈夫だよと笑顔で小さく手を振った。
さっきまでペガサスから降りようとしなかったのを、私はただ単に懐かれているだとかペガサスと言う神獣に乗れて嬉しいのだと考えていたんだけど、もしかしたら違うのかもしれない。
怖かったから、不安だから私という安心できる場所の近くに居たいと無意識の内に考えていたのかも。
それはそうだよね、あの場で私が現れなければハウエルさんは死んでいたんだし、エリーナちゃんもきっと・・・。
そんな彼女の不安を考えて、私は動き出した馬車の隣に付き、馬車の窓から常に私の姿が見えるような状況をキープしたままアルバーン侯爵家のお屋敷へと進んで行った。
「おおエリーナよ、無事でよかった! 心配したぞ」
アルバーン家のの門を抜け、馬車がお屋敷の前まで移動すると、そこには一人の男性が待っていた。
はて? 見たところ50歳を超えているように見える男性なんだけど、いくら三女とは言えエリーナちゃんのお父さんにしては歳を取りすぎてるよね? いや、もしかすると兄が5人とかいるのかも? それならこれくらいの歳でも……。
「お爺様! ただいま帰りました!」
そんなことを考えたんだけど、どうやらこの人はエリーナちゃんのお爺ちゃんらしい。
うん、なら解るわ。
そんな孫との再会を喜ぶ紳士を馬上から微笑ましく見ていると、カーンズさんが寄ってきた。
「賢者様、先代にご紹介します。どうぞ此方へ。ペガサスは家の者が馬房へとお連れするので、このまま残してもらっても結構ですから」
「あっ大丈夫よ。この子はこのまま帰すから」
私はそう言うとペガサスから降り、
「お疲れ様、またね」
そう言うと、ペガサスを送還した。
「なんと!?」
その様子を見て目を剥いて驚くカーンズさん。
ん? この世界では召喚騎獣はいないのかなぁ? でもまぁ、やってしまった物は仕方がない。
「ペガサスは魔法生物ですから、あのようにして帰るんですよ」
「そっ、そうなのですか。いやはや驚きました」
そう言って誤魔化したところ、カーンズさんは何とか納得してくれた。
因みにエリーナちゃんは祖父との会話に夢中でペガサスの送還を見ていなかったらしく、お屋敷に入る段になって、
「あれ? ペガサスさんは?」
と、居なくなったペガサスを探してきょろきょろと周りを見渡しながら門をくぐって行った。
そんな姿を微笑ましく思いながら私もその後に続いてお屋敷の門をくぐろうとしたんだけど、そんな私たちの後ろ、遠くの方からなにやら急いでいるような蹄の音が聞こえてきた。
「ん? なんだろう」
「御当主様がエリーナ様の話を聞いて、慌ててお帰りになられたのかもしれません」
そんな風にカーンズさんは説明してくれたんだけど、私の耳には蹄の音と共に鎧のカチャカチャという音も聞こえるのよねぇ。
「カーンズさん、アルバーン侯爵は常日頃から鎧を着用しているんですか?」
「いえ、御当主様は鎧を召されることは滅多にございません。そう言えば蹄の音は聞こえますが、馬車の車輪の音が聞こえませぬなぁ」
そう言えば侯爵様なら自分で馬に乗るはずがないから、急いでいたとしても馬車で帰ってくるはず。
なら誰なんだろう? エリーナちゃんの上の兄弟の誰かかな?
そんな事を考えていたら馬が閉まっていた門を飛び越え、アルバーン侯爵家の敷地に入ってきた。
おいおい、いくら慌てているからと言って、門を開ける前に飛び越えるのはやりすぎでしょう。
門を開ける家人が驚いてるじゃない。
そう思いながらその飛び越えた馬に乗る人物に目を向ける。
白いの鎧に派手な装飾、そしてカイトシールドを背負い、高そうな剣を腰に帯びた騎士風の男の人だ。
「カーンズさん、あの派手な登場をした人はエリーナちゃんのお兄さんか何かですか?」
「あっ、あのお方は!?」
そう言ってカーンズさんの顔を見ると、彼はペガサス送還の時と同じくらい驚いた顔をして馬上の男の人を見ていた。
何に驚いてるんだろう? と思うのもつかの間、アルバーン侯爵家の庭に轟音ともいえる声が響き渡る。
「エリーナ嬢は、エリーナ・ド・アルバーン嬢は御無事なのか!」
これが私、フレイアと竜王国が誇る恥部・・・じゃなかった、アダマンタイト級冒険者チーム、クリスタリ・ティアのリーダー、セラブレイトとの出会いだった。
後書き、だよなぁ
やっと出ました、オーバーロード本編登場キャラだけど殆ど設定が出ていないから殆どオリジナルだとも言えるキャラ、セラブレイト。
本当はもっと早く出るはずだったんですけどねぇ。
とりあえず彼を基点にして竜王国の話がやっと始まるのですが、残念ながら次回は前回も書いたとおりナザリックのお話になる予定なので、折角登場したにもかかわらず彼の活躍? はそれ以降となります。